今回は私の大学時代についてお話ししたいと思います。
私の大学では、学年で成績順位上位者が留学の支援金をもらえる制度があったので、
そこを目指して必死に頑張りました。
また留学もしてみたかったので、留学資金を貯めるために色々なアルバイトをかけ持ちしました。引っ越し、居酒屋、カフェ、カラオケ屋、レンタカー屋、ジムなど。
高校まで続けた野球は、高校三年生の時に肩はもう限界がきていたこともあり、
大学野球の道には進みませんでした。高校でやり切った気持ちの方が大きく、
将来プロとしてお金を頂けるほどの実力はなかったので、ここで区切りをつけました。
今まで野球で辛い思いもたくさんしましたが、人としての在り方やチームワークの大切さなど人生において重要なことをたくさんを学ぶことができ、野球に出会えて本当によかったと思っています。
今でも野球は大好きで、草野球チームで大学時代の仲間と楽しくプレーしています。
人生はじめての留学
そして大学2年の秋学期に、私は大学の支援金制度を権利を得て、
半年間、アメリカのオハイオ大学に留学します。
現地の学生寮に入り、アメリカ人と相部屋で生活をして、現地の学生と一緒に授業を受けました。
人生はじめての留学では、挫折を経験しました。
留学初期は、ネイティブの会話のスピード感についていけず、
彼らの言ってることがはっきりわからない、会話に入れない、絶望でした。
また私が発言することで彼らの会話のスピードが遅れることに申し訳なさも感じ、
遠慮してしまっていました。
それでも私は食らいつきました。ようやく手にした留学の機会をなんとしてでも
実りのあるものにしたかったからです。
あとから思えば、ネイティブでもないカタコト英語の私が、
いきなり現地の学生達と同じスピード感で会話なんて出来るわけないのです。
勇気出してなんとかして伝えようと発言する様になった結果、
周りが私の言いたいことを理解しようとしてくれるになりました。
私たちが外国人の頑張って話すカタコトの日本語をなんとか理解してあげたいと思うのと同じ心理でしょう。笑
しかし同時に自信もつきました。
たとえゆっくりだとしても、自分の言いたいことが確りと相手に伝わったからです。
ネイティブの友達から発音に関して褒めてもらうことが多く、
これで合ってるんだと確認することが出来ました。
こうして少しずつ知識、経験をつけ、着実に英語力が伸びていきました。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回の記事も是非読んで頂けると嬉しいです。


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